京都×清水の北爪「ノーハンド」、CL・プレミアと比べて何が違うか|「日本の審判は劣っている」論への反論

京都×清水の北爪「ノーハンド」、CL・プレミアと比べて何が違うか|「日本の審判は劣っている」論への反論

京都サンガFC対清水エスパルスの一戦、ペナルティエリア内で清水・須貝の左サイドからのクロスが京都・北爪の膝にかすってから左腕に触れた——。VARの介入もなくノーファウルで流れたこのシーンは、SNSでハンド論争を呼んだ。

僕(JFA2級審判)にも京都サポーターの方からコメントが届いた。要約するとこうだ。

北爪選手は頭や足で阻止する動きでもジャンプもしていない。左腕を拡げるのが自然な動作でもない。だとすれば「左膝に触れてから左手に当たったからルール上ノーハンド」という勢の主張は論破。主審・VAR審のLaw12解釈不足から起こった判定。

気持ちはよくわかる。先日のチャンピオンズリーグ準決勝、バイエルン×PSGでも似た構図のハンド事案が複数あって、判定がバラバラに見えたからだ。

ただ結論から言うと、北爪のシーンは「ハンドにもノーハンドにも振れる」グレーゾーンで、最終的にどちらに倒れるかはリーグごとのハンド基準の運用に左右される。そして「日本のレフェリーは解釈不足」という見方には、僕は明確に反対だ。本記事ではその根拠を、現行Law12と各リーグの運用、そして実際に起きた誤審事例(プレミアのLuis Díaz事件など)を引きながら整理する。


目次

1. 何が起きたのか:シーンの整理

問題のシーンはこう整理できる。

  • 清水・須貝が左サイドから左足でクロスを入れる
  • 京都・北爪は右足を前にして壁になる/コースを切る守備で対応
  • アタックでもクリアでもチャレンジでもなく、最も受動的な守備行動
  • ボールがどちらかの膝にかすったあと、そのまま左腕(脇〜上腕付近)に触れる
  • ジャンプはしていない。腕を能動的にボールへ動かしてもいない
  • 左腕は体に近い位置にある
  • 主審はノーファウル、VARの介入もなし

ポイントは2つ。北爪はボールへのアクションをしていないことと、腕が体に近い位置にあることだ。この2点を頭に置いて、Law12の判断軸とリーグ運用を見ていく。


2. 現行Law12の判断軸を確認する

ハンド規定の核心はシンプルだ。

ハンドの反則となる主な型:
– 意図的に手・腕でボールに触れる
– 手・腕で体を不自然に大きくしてボールに触れる(肩より高い位置を含む)
– 手・腕から直接ゴール、または直接得点機会を作る(攻撃側)

ハンドにならない条件:
– 手・腕が体に近く、不自然に大きくしていない
– 自分自身の頭や体(足含む)から跳ね返って自分の手・腕に当たった場合(ただし上記の反則型に該当しない場合)

そして条文にはこう書かれている。

上記の反則は、ボールが近くの他のプレーヤーの頭や体(足を含む)から直接自分の手・腕に当たった場合にも適用される

「他のプレーヤー」に敵味方の区別はない。突然来たボールでも、腕の位置が不自然なら反則として扱われ得る——これが条文どおりの読み方だ。

つまり判断軸は 「腕の位置が自然か、不自然か」 に集約される。だがこの「自然/不自然」の評価が、リーグによって運用幅があるのが実情だ。


3. リーグごとの運用差:プレミアとUEFAは正反対の方向に動いている

この数年、ハンド判定のトレンドはリーグごとにバラバラだ。

プレミアリーグ(PL)

PLは伝統的に「ペナルティエリア内で腕に当たったら基本的にハンドを取る」傾向が強かった。象徴的なのが2023/24シーズン序盤のWolves vs Luton戦。Wolvesのジョアン・ゴメスが、相手のシュートを自分の足で止めた跳ね返りが、頭上に上げていた腕に当たってPKを取られた事案だ。

ESPNの解説によれば、当時のPL運用では「deflection(跳ね返り)があっても、腕がclearly extended(明確に体から離れている)またはabove the shoulder(肩より高い)位置にあればハンド」とされていた。日本人感覚では「足に当たってからの跳ね返りなのに?」と感じるが、PLでは長らくこれが基準だった。

ただし2024/25シーズンから方針転換。Premier League公式は「deflectionで軌道が明確に変わった場合はノーハンド」「justifiable arm position(その動作で正当化される腕の位置)を考慮」を明記し、より寛容な方向に運用を寄せている。それでも「handball offencesでhigher threshold(より高い基準)を維持」と公式に表明しており、他リーグより取りやすい傾向は依然として残っていると読める。

UEFA

逆方向に動いているのがUEFAだ。2024 Euroのスペイン×ドイツ戦で、ククレジャがエリア内で腕にボールを当てたシーンがノーPKで流された(主審アンソニー・テイラー、VARスチュアート・アトウェル)。

UEFA審判委員会は2か月後に「あれは誤審だった」と認定。文書で「hand-to-ball contactがショットを止めた場合、腕が体に非常に近いか体に接していない限り、ほとんどのケースでPK」と新ガイドラインを示した。

つまりPLは寛容方向、UEFAは厳格方向に、正反対に動いている。同じLaw12を適用していても、運用は同じではない。

Jリーグ

JリーグはJFA・IFABの基本線に沿う運用で、UEFAほど厳格でもPL(過去)ほど取りに行く方向でもない、いわば中庸のポジションにある。

北爪のシーンに当てはめると

この前提で北爪のシーンを評価すると、こうなる。

リーグ運用 北爪のシーンへの当てはめ 想定判定
PL(過去) 膝に軽くかすっただけのdeflectionだから跳ね返り例外は弱い。エリア内で腕に当たった事実を取りに行く可能性 ハンドの可能性あり
PL(2024/25〜) deflectionで軌道が変わっている+腕が自然な位置 → ノーハンド寄り ノーハンド寄り
UEFA 腕が体に近い位置、ショットを止めたわけでもない → ノーハンド ノーハンド
Jリーグ 腕が自然な位置、能動的アクションなし → ノーハンド ノーハンド(実際の判定)

つまり、「絶対的にどちらが正解」というシーンではない。リーグの基準がプレミア(過去)寄りならハンドを取りに行ってもおかしくないし、UEFA・J基準なら素直にノーハンド。北爪のシーンはまさにグレーゾーンで、判定が割れるのは自然なことだ。


4. CL準決勝バイエルン×PSGの3事案で対比する

「腕の位置の評価」がいかに揺れるかを、直近のCL準決勝で確認する。3事案ともペナ内ハンドが論点になった。

事案1:デイビス(バイエルン/1stレグ)→ PK

デンベレのクロスがアルフォンソ・デイビスの右ももを掠ってから左腕に当たった。VAR介入でPK。理由は 「肘から先(前腕)が不自然に上がっていた」一点だ。デンベレが蹴った瞬間に腕が開き、ボール到達時には肘から先が体の自然な範囲を超えて広がっていた。リコシェがあっても、肘から先が不自然ならPK——これがUEFA基準での判定だ。

→ 詳しくは 【CL準決勝②】デイビスのPKは正しかったのか

事案2:メンデス(PSG/2ndレグ)→ ノーファウル(黄1持ち)

ヌノ・メンデス(黄1枚持ち)が右腕を肩の高さで広げてライマーをブロック、ボールが腕に当たった。腕の位置だけ見ればLaw12該当の余地大、本来は警告2枚目→退場になっていてもおかしくない。

ところが第4審判から無線で「それより前にライマーがハンドをした」という助言が入り、判定はPSGの間接FKに変更。メンデスはイエローを免れた。問題は、第4審判が認定したライマー側のハンドが実際には当たっていなさそうだったこと。ライマー本人もDAZNで「ボールは自分の腹で扱った。なぜ自分のハンドが取られたのか分からない」と発言している。

「腕の位置」では明確に反則型だったが、別ルートの判定で結果が反則ではなくなった特殊ケース。

事案3:ネベス(PSG/2ndレグ)→ ノーPK

味方ヴィティーニャのクリアが、ジョアン・ネベスの肩より高く開いた腕に当たった。バイエルンはPK要求、しかし主審はノーファウル。

日本の媒体の多くは「味方からのボールはハンドにならないルール」で説明したが、この説明は条文に存在しない。Law12には「他のプレーヤーから直接当たった場合にも適用される」とあり、敵味方の区別は書かれていない。腕の位置だけ見れば、本来はPKを取れる場面だった。

→ 詳しくは 【CL準決勝①】ネベスのハンドがノーPKだった本当の理由

3事案との比較で分かること

これらCL3事案はいずれも「腕が不自然な位置」だったから議論を呼んだ。一方北爪のシーンは腕が自然な位置にあり、CL3事案とは構造的に違う。「CLでPKだったから日本もPKでは?」という直感は、腕の位置という肝心な部分を見落としている。

そして同時に、UEFAの判定者すら個別事案では揺れているという事実も見えてくる。判定の揺れは日本だけの問題ではない


5. 「日本の審判はLaw12解釈不足」という見方への反論

ここが本記事の本題だ。「主審・VAR審のLaw12解釈不足」という批判には、僕は明確に反対する。

反論①:個別事案の評価の揺れは世界共通

ハンド判定の核心である「腕の位置の自然/不自然」は、性質上判定者裁量の幅が大きい。これは日本だけでなく世界共通の構造だ。同じCLの中ですら、デイビス(PK)、メンデス(特殊経緯)、ネベス(議論残る)と判定が揺れる。プレミアもジョアン・ゴメスのケースのように、後から「あれは厳しすぎた」と運用が見直されている。

特定リーグの判定者だけが「解釈不足」なのではなく、ハンド判定はそもそも個別事案で揺れる構造にある。

反論②:プレミアこそVAR運用で大失態を起こしている

「日本のVARは未熟」という前提なら、世界の最先端であるプレミアはどうなのか。

2023年9月30日のTottenham vs Liverpool戦で、リバプールのルイス・ディアスのゴールがオンサイドだったのに「オフサイド」で取り消されたまま試合再開され、覆らなかった事案がある。

VARのDarren Englandは、フィールド上の判定が「オフサイド」だったことを忘れて「ゴール」と勘違いし、Díazがオンサイドだと確認した上で「check complete(チェック完了)」と主審に告げてしまった。主審はそれを「オフサイド判定が正しいと確認された」と解釈、ゴールは取り消されたまま再開。試合再開後は判定を覆せないため、リバプールは正当なゴールを失った。

PGMOL(プレミアの審判統括組織)は公式声明で「significant human error(重大なヒューマンエラー)」を認めた。リーグ最大級のVAR誤審であり、Liverpool は「sporting integrity(スポーツの公正性)が損なわれた」と抗議声明を出している。EnglandとCookは試合の48時間前にUAEで試合を裁いていたことも問題視された。

これだけのレベルの誤審が、プレミアという世界のトップリーグで起きている。日本のVARが世界に遅れを取っている、という前提自体が成り立たない。

反論③:Jリーグの運用は世界基準と整合的

北爪のシーンに戻る。Jリーグの判定は、UEFA基準に当てはめても、現在のPL基準(justifiable arm position考慮)に当てはめても、ノーハンドで成立する評価だ。「世界では取られるのに日本だけ取らない」は事実と異なる。むしろ過去のPL基準だけが特殊に取りに行く方向だっただけで、今の世界の主流はJリーグの判定と整合的だ。

判定者の経験不足を疑う前に、自分が依拠している論法が条文と現在の世界運用に沿っているかを確認する価値がある、というのが現役2級審判としての率直な意見だ。


まとめ

  • 現行Law12のハンド判定の核心は「腕の位置が自然か、不自然か」。リコシェの有無は単独では決定打にならない
  • ハンド判定はリーグによって運用幅がある。PLは過去厳格→現在は寛容方向、UEFAは厳格方向、Jは中庸
  • 北爪のシーンは「ハンドにもノーハンドにも振れる」グレーゾーン。リーグ基準次第で判定が変わる典型例
  • CL準決勝3事案を見ても、世界トップでも判定は揺れる。揺れは日本だけの問題ではない
  • プレミアはLuis Díaz事件のようにVAR運用で大失態を起こしている(PGMOLが公式に認定)。日本のレフェリーが「劣っている」という前提は事実と異なる
  • Jリーグの今回のノーハンド判定は、UEFA基準でも現在のPL基準でも整合的。世界基準に沿った運用

ハンドのルールは難しい。だがその難しさは「リコシェ=ノーハンド」「手に当たればハンド」のような単純化では捉えられない、腕の位置の自然さをどう評価するかという裁量の幅、そしてそれがリーグごとに運用差を持つ構造にある。

判定者の「解釈不足」と決めつける前に、まず自分が比較している基準(過去のPL基準なのか、現在のUEFA基準なのか)を意識する価値がある。そして世界のトップリーグでも誤審は起きる。レフェリーは日本も世界も日々アップデートしていくしかない、というのが正直なところだ。


▼関連記事
【CL準決勝①】ネベスのハンドがノーPKだった本当の理由
【CL準決勝②】デイビスのPKは正しかったのか
– 【CL準決勝③】メンデスは2枚目のイエローを免れたのか(公開予定)

▼参考
– IFAB Laws of the Game 2025/26 Law 12(Fouls and Misconduct)
– JFA競技規則 2025/26 第12条
– Premier League公式「What’s new in 2025/26: IFAB Laws and Premier League Football Principles」
– ESPN「New in Premier League 2024-25: Live VAR updates, handball」(João Gomes事案を含む)
– PGMOL公式声明(2023年10月、Tottenham vs Liverpool戦のVARエラー認定)
– UEFA審判委員会ガイドライン(2024 Euroのククレジャ事件後)

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次